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2009年5月10日 (日)

表現の自由

MEDIO write:

 今回も技術ネタではなく、前回の続き。面白くない内容です、多分。

 

 前回、「犯罪の助長」と「表現の自由」は別個として考えるべきとし、「表現の自由」についてあまり深くは書かなかったけれど、本当はこっちにも深い根があったりする。

 

 とりあえず、例を挙げてみる。お題は「映画」

 エロな「ポルノ映画」と、恋愛表現の延長上に性的表現のある「名画」、これらを同じ「表現の自由」で一緒に考える事は出来るのだろうか?

 

 行政府やらのお上の言い分は、おそらく「性器表現がどうこう」といった、一緒くたな法基準を示すだろう。それしか、現在のメディアの歯止めになるものが無いからである。(一応、現在はある程度の文化的配慮はあるのだけど、法規制の表記はそのままである)

 

 本来ならば、映画の業界団体なんかが先に「文化的な作品の表現だから許される」とか判定をすれば良いのだろうが、「他人の子供を叱ったら訴えられる」様な現代日本にそんな「大人の判断」が下せる人間や団体は存在しない。だから、誰もが「怒られなきゃ、何やってもかまわない」と思っている。

(最近も、「男優が出演しない「イメージビデオ」には倫理規制が入らないという仕組み?を利用して、猥褻DVDを製造・販売していた会社」が検挙されたのを、皆さんは覚えているだろうか)

 

 そういった「自浄作用」が無いなら、お上は「一律の規制」をするしか手立ては無い。業界団体なんてものがもともと存在しない「同人界」を規制する(出来る)のは、事実上それを作る「作家」だけだったのに、彼らは何もしていない。単に「反対!」と叫ぶだけ。児童ポルノ法改正は、本当はその背景にこんな問題を抱えている訳だ。

 

 本来、社会を良くする為の「法」が、逆に「書いてない事は許される」と解釈されている。この考えが改まらない限り、こんな問題は今後いくらでも出てくるだろう。社会を良くする為にはかなりの人の労力・努力が要るけれど、社会を悪くするのは少数の人間でも可能なのは、「道端のタバコの吸殻が決して0にならない」ことでも判る事だ。蛇足。

  

 さて、ここから本題に戻る。(長い前置き

 じゃぁ、何が文化的な表現で、何がダメなのかという話。「表現の自由」の限界点、について。

 

 率直・極端に言えば、「表現の自由」についても「犯罪になるかどうか」、という仕切りが存在する。

 じゃぁ簡単に犯罪だと判別出来るのは何か。それは「被害者が存在・もしくは発生する恐れがある」かどうかという点である。

(最近、公園で裸になった芸能人が捕まった例がある通り...彼については被害者が存在しなかった訳だが、公共の場所で=不特定多数の人が通る可能性があり、被害者が発生する可能性がある場所、という解釈での逮捕となった)

 

 「パンツじゃない」と言い張りながら、下着を露出するアニメやら、「性行為だけ」を描くマンガなんかに対して、「腐女子」や「露出狂」ではない一般女性や、子供を持つ親達にとっては「嫌悪の対象」である。そんな迷惑を感じている人がいる=被害者がいる、と判断するべき。

 

※HPでも、嫌悪感を感じる人は退出、とかいうのをよく見るけど これも極端な例を挙げると、「嫌な人は見るな」とツイタテを置いて、不特定多数の人が通る道に「切り落とした生首」を置くのと変わりが無い。

 インターネットはそういった特殊性癖(?)のある人たちだけのモノでは無いのに、ね。

 

 電車の中で「週間少年ナントカ」を読んでいるサラリーマン全てが、そんなパンツ・アニメを許容している訳では無い。なのに、そういったものを作って・書いている人たちの間には、ネット社会の中でそういった「hentai」コミュニティが出来上がってしまって...自分以外にも似た人間がいるのに安心して、「自分達は社会的・一般的に認知されている」と誤認しているのだろうな。「赤信号、みんなで渡れば~」理論そのもの。

 

 ちなみに。そんな人たちの聖地アキバででも、ヨドバシなんかの「電気街」に来たカップルなんかは、走り去る「痛車」を見て、「何、あれ?」と嫌悪感を露にしている。私は少なくともそういった人たちを今までに3組、見かけているし。

 

 ここで、やっぱり問題になるのは「『自分さえ良ければ』理論」に行き着く。自分の興味本位で、他人の目線で考える事をせず、迷惑を感じている人の事なんて気にしない、という現代っ子気質+ヲタクの強力な化学反応の結果。

 

 じゃぁ被害者が出なければ、何をやっても良いのかと言い出す人がいるだろうから、こちらも追記する。

 日本のアニメ・マンガを世界的作品として発展させる為には、最低限「文化的」である必要がある。文化とは人間ならではの思考活動から生まれるものであり、その根本が「性欲」や「金銭欲」から発生した「商品」ではその資格すら無い。

 

 少なくとも、一般の人たちの「一過性の興味」ではなく「理解」の対象となる作品を作り続けなければ、アキバ系文化はいつか全滅すると思う。

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